C3 十二月 師走

十二月は一年が極まる「極月」ともいい、一年のけじめに追われ、年越しの準備にも追われるきぜわしい時期です。師走については諸説ありますが、暦事典によると普段落ち着いている師匠といえども趨走(すうそう・忙しく走る)するので、師趨・しすう→しわす→師走となったという説と、師は法師で、十二月は法師を迎えて経を読んでもらう風習があり、法師が馳せ走るので、略して師走る→師走となった説があります。他にもいくつかの説がありますが、実際に普段どっしりと構えている師たる人もそうしてはいられない時期であることは納得できます。また師が走るほど忙しいなら有難いことですね。

易の十二月は八卦の坎=水で子の月。水は生物の源、生命を育む力で、植物に例えると土の中の「種子」を表します。十二支の子も文字通り子で人間の種子です。種子は秋に収穫された実の種であり、そのDNAを伝えて春に芽を出す次世代の命で、種子が途絶えるとその種は滅びます。

日本の野生のトキ(鴇)は1981年に絶滅を確認されましたが、外国から持ち込まれたつがいのトキが佐渡の自然に戻されて繁殖に成功したそうですね~。トキは学名も「ニッポニアーニッポン」という日本の美しい鳥です。巣の中でヒナが動く様子を映像で見ましたが、佐渡の皆さんが温かく見守っていらっしゃる姿が素敵でした。無事にニッポニア―ニッポンという種がたくましく復活を遂げてくれることを心からお祈りしたいと思いました。新暦の冬至は十二月・子の月で易経の地雷復000001という卦を配します。下に一陽が復活する意味で、一陽来復という四字熟語の語源になっています。新たな生命の発祥を示し、発展の兆しが芽生えることにも通じます。初心や夢や本心の願いなども一陽ですね…

十二月は新年を迎える年越しの月。種を次世代に残すことがとても大事なように、一年励み働いた収穫の種子となるものを、それぞれが来年につなげるための大事な年替わりなのですね。いろいろ身辺ごとを整理してすっきりし、住居を掃き清め、神棚や仏壇を整え、お飾りをして新年を迎える準備が日常の仕事に重なりますから、それは忙しいのは当然なのでしょう。

私の記憶では大晦日から一夜明けた元旦は静寂に包まれていたように思います。商店は全て戸を閉めて、お年玉をもらっても何も買えませんでしたし、元旦は神仏へのお賽銭以外にお金を使うと一年貧乏すると教えられました。いまだに極力守っていますがこの点はあまりご利益を実感できたとはいえませんが、まずまず元気ですので感謝です。

お節料理もお祝い膳ですが、普段炊事で忙しい女性たちが正月くらいのんびりできるように、三が日はお雑煮しか煮炊きしないのだとも聞かされ、儀礼の年始客も元旦は訪問しないものと教えられました。

子供たちにも新しい装いが何かしら用意され、何か凛とした静寂に包まれた元旦の朝を懐かしく思います。時代が進んでも節目の伝統行事を子供や孫たちに伝えていくことは、種を残すことに似て大事なことなのではと思う師走の一日です。

 

 

 

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