啓山易ブログ

C4 睦月 一月

一月は正月、初月、祝月とも呼ばれます。初月とは文字通り一年の始まりの月。元旦の元も源や始めを意味しています。八卦では新暦一月は艮=山。艮も元や始まりで草木に例えれば土の中の種子が発芽し養分を吸収して成長するための根を表します。根は草木の根本ですね。

十二支では丑の月で丑の源字は紐です。丑は紐で占めるように固く頑強で、寒さに耐えて春を待つ強い意志と忍耐強さを象徴します。強固な意志で動じないために、一年の計を元旦に立てることは理にかないますが、丑は決めたらテコでも動かないのがモットーですから、コロコロ変わるような願掛けはご利益は期待できないかもしれません。

限界まで耐えて機が来たら一気に地上に芽を出す発動への限界点の一月は、年末に立てた願いを胸に秘め、新たな一年のスタートを切るとても重要な月といえます。

易の六十四卦は一月に地沢臨000011を当てます。臨は咸臨丸(江戸末期、勝海舟ら九十余名の遣米使節団を乗せて初の太平洋横断を果たした軍艦)の名前にも用いられました。新たな未来を切り開くために希望に燃えた冒険の旅を象徴する名前です。

新年の初日は全ての人の心の闇に光をあて、希望に燃える人の前途を照らします。

元旦は過去の辛苦をリセットして、皆が新たな幸せや繁栄に向かい一斉にスタートできる大切な一年の始まり。全ての命を愛しみ、幸あれと照らす元旦の御来光です。ぜひ拝みたいと思いつつ、早起きできない年が多いので、毎年ほどほどの安泰であれば文句は言えません。

A7 伝説の神「三皇・五帝」と易の「三才・五行」は同じ?

「三皇・五帝」は中国古代の伝説上の賢帝であり、聖人とされ崇められています。

前漢(前202~8)の武帝の時代、歴史家の司馬遷が編纂した『史記』には、秦の政王(前259~210)が六国を滅ぼして中国全土を統一した時、三皇の皇と五帝の帝をとり、初めて皇帝の称号を定めたとあり、秦王、政は自ら「始皇帝」となりました。

伝説の三皇は伏犠・女媧・神農ですが、天皇・人皇・地皇という説もあります。

伏犠は八卦を創り河図を公表したと伝えられ易の始祖といわれます。伏犠の妻である三皇の一人女媧と共に描かれた人頭蛇身の下半身をからめた絵があり、聖なる男女の婚姻を示し婚姻の礼を定めたとして永く信仰されてきました。また庖犠という別名があり、火を使い料理することを教えたことから、現在でも宮廷料理を司る旧宮家に包丁の儀式が伝えられ、料理人の神と崇められています。伏犠と女媧が人間の創造主であるというアダムとイブのような設定もあり、八卦や河図に関しても諸説あることから、後世にその偉業を称えて創世記の聖人としたものではと思えます。神農も薬草を発見しお茶を創った人物として、農業や薬の神と崇められています。

黄帝や尭帝・舜帝などの五帝についても聖人伝説が残されていますが、易の要素でいえば、三皇は天皇・人皇・地皇であり、五帝は木帝・土帝・金帝・火帝・水帝を示していると捉えられます。三皇は天人地の三才を示し、五帝は木火土金水の五行を示すものなら、農業の暦とも重なる一年運を表すものです。木が金に変化する過程に土があり、変化を加減するのが水と火の働きです。天地に万物(人)が生じる五行の変化を示すものが三皇五帝となり、古代の国の命運を担う万物の礎として崇められ、後世、相応しい聖人があてられたのではないかなと思っています。

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C3 十二月 師走

十二月は一年が極まる「極月」ともいい、一年のけじめに追われ、年越しの準備にも追われるきぜわしい時期です。師走については諸説ありますが、暦事典によると普段落ち着いている師匠といえども趨走(すうそう・忙しく走る)するので、師趨・しすう→しわす→師走となったという説と、師は法師で、十二月は法師を迎えて経を読んでもらう風習があり、法師が馳せ走るので、略して師走る→師走となった説があります。他にもいくつかの説がありますが、実際に普段どっしりと構えている師たる人もそうしてはいられない時期であることは納得できます。また師が走るほど忙しいなら有難いことですね。

易の十二月は八卦の坎=水で子の月。水は生物の源、生命を育む力で、植物に例えると土の中の「種子」を表します。十二支の子も文字通り子で人間の種子です。種子は秋に収穫された実の種であり、そのDNAを伝えて春に芽を出す次世代の命で、種子が途絶えるとその種は滅びます。

日本の野生のトキ(鴇)は1981年に絶滅を確認されましたが、外国から持ち込まれたつがいのトキが佐渡の自然に戻されて繁殖に成功したそうですね~。トキは学名も「ニッポニアーニッポン」という日本の美しい鳥です。巣の中でヒナが動く様子を映像で見ましたが、佐渡の皆さんが温かく見守っていらっしゃる姿が素敵でした。無事にニッポニア―ニッポンという種がたくましく復活を遂げてくれることを心からお祈りしたいと思いました。新暦の冬至は十二月・子の月で易経の地雷復000001という卦を配します。下に一陽が復活する意味で、一陽来復という四字熟語の語源になっています。新たな生命の発祥を示し、発展の兆しが芽生えることにも通じます。初心や夢や本心の願いなども一陽ですね…

十二月は新年を迎える年越しの月。種を次世代に残すことがとても大事なように、一年励み働いた収穫の種子となるものを、それぞれが来年につなげるための大事な年替わりなのですね。いろいろ身辺ごとを整理してすっきりし、住居を掃き清め、神棚や仏壇を整え、お飾りをして新年を迎える準備が日常の仕事に重なりますから、それは忙しいのは当然なのでしょう。

私の記憶では大晦日から一夜明けた元旦は静寂に包まれていたように思います。商店は全て戸を閉めて、お年玉をもらっても何も買えませんでしたし、元旦は神仏へのお賽銭以外にお金を使うと一年貧乏すると教えられました。いまだに極力守っていますがこの点はあまりご利益を実感できたとはいえませんが、まずまず元気ですので感謝です。

お節料理もお祝い膳ですが、普段炊事で忙しい女性たちが正月くらいのんびりできるように、三が日はお雑煮しか煮炊きしないのだとも聞かされ、儀礼の年始客も元旦は訪問しないものと教えられました。

子供たちにも新しい装いが何かしら用意され、何か凛とした静寂に包まれた元旦の朝を懐かしく思います。時代が進んでも節目の伝統行事を子供や孫たちに伝えていくことは、種を残すことに似て大事なことなのではと思う師走の一日です。

 

 

 

A6 「占」の文字の発祥と意味について

「占」という文字のルーツをさぐってみます。
白川静先生の『常用字解』には、卜は亀の甲羅の裏側にナツメ型(楕円形)の穴をつくり、そこを焼いて表面にできた卜型のひび割れの形。その形で卜(うらなう)。口は神への祈りを入れる器の形。神に祈って卜い、神意を問うことを占うという…とあります。
別の言い方をすると、亀の甲羅や動物の骨を焼くと卜字状にひびが入ります。そのひび割れの卜形を見てシャーマン(王)が神意を読み取るので卜うとなり、そのご宣託を口で民に伝えたので、卜(うらない)を口で伝えることから「占」という文字が生まれました。
その卜(占)いは神意であり絶対的なものであるから、占には「しめる・もつ」などの意味が加わります。独占→独り占め、占領→ある場所を独り占めにする、占有→何かを独り占めにするなどの言葉になります。神意はシャーマン(王)だけが受け、その言葉は絶対だったのですね。

亀卜と言えば、紀元前1400年ごろの殷の甲骨文字が知られています。殷墟で発掘された多くの甲骨には文字が刻まれており、大半が卜(占)に関するので、その甲骨文字を卜字ともいいます。
占うことは選ぶことであり、選という意味は道を選ぶこと、撰もえらぶですが、人の手で良いものを選ぶので、○○賞の撰者などといいます。
人が前に進むために何かを選ぶことは不可欠の作業です。目覚めてから眠るまで、何を食べる、何を着る、誰と会う、どこへ行く、何をする、行き方はetc,能動的にも受動的にも日々選ぶことで人は一日を過ごしています。
そのような意味では、占うことは誰でもすることで、皆占う人と言えるでしょう。
日々の指針や道を選ぶための道標を求め、未来に繁栄と安寧を願い、賢明な生き方を求める心が様々な占の方法の探究に発展していきました。
易は、神意にも通じる天地自然界の法則を、数理的、哲学的に探究していく過程で確立されてきたものです。