啓山易ブログ

A12 易経は八卦の組み合わせ

八卦の元になるのは陰陽の符号(爻)です。対照的な陰陽を三つずつ組み合せると八(二の三乗)となります。これを八卦といい、三爻を天人地に置いて、あらゆる自然現象を当てはめています。易経はこの八卦(三爻)を重ねて万物万象の複雑な現象を解く根拠としています。易は八卦を小成卦、八卦×八卦=六十四卦を大成卦といい、易経は大成六十四卦(六爻)の卦の象形を、人が体験するであろうあらゆる出来事、現象について身近な例えを用いて説いています。

 

易の解説書である繋辞上伝には、「根元である太極から両義(陰陽)が生まれ、両義から四象が生まれ、四象から八卦が生まれる…」とあります。

宇宙自然界の根元を易は太極と表します。太極は限りない0~限りなく∞の世界であり万物万象の根元的世界の象徴です。太極は陰陽(天地)を生みとありますが、太極は陰陽の関係で成り立っているという見方もできます。四象は身近に表せば四季のように、天地・陰陽が生み出す四つのもの・現象と考えてください。天地陰陽の働きは自然の変化を生み、万物を創造し、生命の世界を生み出します。陽(天)を生命の世界とすれば陰(地)は物体の世界となり、陽の働きは肉体を育て陰の働きはそれを受けて心を育てます。

易経は八卦の成立を天地の働きと関連するものとして、太極から八卦に発展する陰陽の関係に自然現象を当てはめ、人間世界を表現しました。(陽1・陰0)

両義 四象 八卦 自然現象とその働き。
太 

(陽1)天男創造 (老陽 11)
動的な命
乾=天 111 無限の天・創造するはたらき
兌=沢 011 生命を潤す沢・水を湛えた窪み
(少陰 01)
静的な命
離=火 101 空気中に燃えるもの・炎・太陽
震=雷 001 大地に轟く雷鳴・地下の生命
(陰0)地女形成 (少陽 10)
動的な物
巽=風 110 天地の間に介在する無形のもの
坎=水 010 地の中を流れる水・育むもの
(老陰 00)
静的な物
艮=山 100 山の頂・限界点・動かざるもの
坤=地 000 有限の大地・形成するはたらき

 

陽の極まる乾は剛(陽)なる天で、人なら男(父)となり、陰の極まる坤は柔(陰)の極まる地で、人なら女(母)となり、陰陽は生命(子)を生み、育み、形成する働きとしました。大極から展開する陰陽の形を図に表すと三角形になります。

三角形に展開する陰陽の数列は、数学の基礎である二項定理と同じです。

二項定理は物理学・天文学・生物学・コンピューター理論・ゲーム理論etc..etc

あらゆる分野の発展の基礎となっていますが、易を数で表せばまさに同じ理論なのです
(数列については次回の機会に記します)

易経を創った賢人たちは、自然界の仕組みを解く数の易に哲学的解釈を加えて、人が理解し体得して生かせるように教本に著わしたようにも思えます。

繋辞伝のはじめに「乾(天)は易(やすらか)さをもってものを治め、坤(地)は簡(おおらか)さをもってものを治める。」とあり、このような万物を生み治める天地の働きは、易簡=簡易であると記しています。

陰陽・天地の働き自体はとても自然でやすらかで大らかなものなのです。

易の説くものは万物の無限の発展の法則ですから、その働きが健全に続く限り人の生きる世界は続くといえるのですが、易の成立でも記しましたが、徳の少ない小人がこの世界を支配すれば、自然の働きを壊し間違いなく滅びを早めることになるということなのだと思います。

 

A11 易経の成立について

A11 易経の成立について

易」は「変化=変わる」意味で、その語源はトカゲを横から見た形から生まれた文字で、日と勿で頭と足と尾を表すとあります。ある種のトカゲは一日十二回色を変えるので十二時虫といわれ、そこから「易」=「変化」という意味を持つようになりました。

古代の原始社「会では、重大なことを決めるときに神意を問うことが共通の現象としてありました。その神意を問い神の意志を伝える特殊な能力をもつ人、いわゆるシャーマンは絶大な権威を持っていたと思われます。時には王自身でもあったでしょう。

古代中国では神意を問う人を、巫(ふ)・祝といい、主として亀卜(きぼく)や蓍筮(しぜい)により神意を媒介したといいます。紀元前13世紀ごろの殷王朝の時代に盛んに行われていたのが亀卜です。亀の甲羅や動物の骨に穴をあけ、裏面から火で焼くと「卜型」のひび割れができます。それを「兆(うらかた)」といい、その形や光沢から吉凶を判断して口で伝えたことから、卜が兆の象形文字となり、「占」という卜と口を合わせた会意文字が生まれました。

蓍筮の起源も古く、紀元前11世紀ころの周王朝時代に発展した「占法」です。

蓍(し)という、千年経つと一本から300本の茎を生じるという長寿の多年草の茎を用いて行うもので、後に筮竹を用いる易占に変化していきます。

蓍筮は陰陽を符号(爻)で表し、数理を基本とするために、亀卜の神秘性から離れて論理的に発展していきます。さらに天文や暦の知識が飛躍的に発展し、季節や気候などの自然現象の中に一定の法則があることを知るようになりました。

陰陽の組み合わせにより万物万象を表す「八卦」が、六十四卦へ拡大され、次第に蓍筮の卦や爻の変化の結果は言語に表わされ解説されるようなっていきました。多くの賢人が活躍した春秋・戦国時代から秦、漢の時代に亘り、長い年月をかけて統一的な解釈がなされ、次第に哲学書の体裁を整えるようになります。これらの易の解説書や注釈を「易伝」といい、十種あることから「十翼」といいます。このようにして完成していったものが「周易」で、漢の時代以降儒教の経典とされて後、元になる易とは区別して『易経』と呼ばれるようになりました。易経は八卦を組み合わせた六十四卦と、各々の六爻の陰陽の変化を解説した「十翼」により、多くの人に読み継がれ活用されて、あらゆる文明の礎となっていきました。特に王など時代の統治者の必読の書とされ、今日でも各界のリーダーには学ぶことの多い優れた哲学書でもあり、二千年のロングセラーの書といえます。私は未来を背負う若い方にこそ知ってほしいと思うのですが… 十翼など易経は「伏犠」「周の文王」「孔子」という、三聖人の作というのが伝説ですが、このような成立過程からも「不確か」というのが今日では定説です。

お知らせ

インターネットが使用不能になり、修理に出していたパソコンが戻ってきました。 しばらくお休みしてしまったブログを今夜あたりアップしたいと思っていますので、引き続きよろしくお願いいたします。

ご迷惑をおかけしましたが、取り急ぎお知らせいたします。

A10 陰陽で説く「仁」について

仁は人の優れた徳を表す「仁・義・礼・智・信」の五徳の一つです。
仁は他を慈しむ心で、他人に対する愛情や思いやりを示す言葉ですが、これを行うにはまず自分に打ち克つことが求められるという厳しい見方があります。 思いやりや真心なら自分にもあるから、仁徳の実践はしているといいたいのですが、真に他を慈しむには、自分の欲望を捨て去ることが必要といいます。

二つあれば容易に一つを他人にあげられますが、一つしかないときはどうでしょうか。一つしかないものの究極は「自分」であり「命」です。

仁の文字は人に二と書きます。人は他と自分、男と女、親と子であり陰陽の二の関係で成り立つのが人だという見方もできます。また二の中に人を書くと「天」になります。
仁の核となる性質は陰性で、種子の内部にある核(胚乳)や胎児も仁です。天にいただいた自分の中の他の命というような意味ですが、そこで女性を表す陰性の仁は「母性」なんですね。慈母観音というように、他を慈しむ慈愛の情感は陰性の最高の美徳といえますがそれは母性であるといいます。 一つしかない自分の命に代えて子を守る母性愛は、他を慈しむ仁の美徳の象徴です。

欲望は発展の原動力で陽性であり男性を表しますが、男性の中にも陰性があり母性があります。陰性は欲望を内省して省く力や守る力ですが、さらに自分の欲望を捨てて他への慈愛に至る陰性を母性と表します。
易は陰陽が互いに調和することで健全な創造活動が行われることを説き、陰陽の健全な働きが続く限り無限に循環する生命の原理です。
陽と陰の互いに相待ち引き合う関係を男女でいえば、女性の陰徳・慈愛の心を育てるのは男性であり、また女性の慈愛に守られ育まれて健全な男性が育つといえます。
近ごろも子供の虐待や育児放棄や果ては子殺しなどのニュースに接するたび、陰陽が調和して生まれる母性の希薄さに胸が傷み、負の連鎖を心配してしまいます。 大きな陽性は世の中の発展の力ですが、そこに暮らす人々が慈しまれていなければ、他を思いやることも健全な人の情感も育たなくなるのでしょうか。

C9 水無月 六月

水無月は旧暦六月の異称で、文字通りなら水の無い月ですが、現在の新暦六月は旧暦では五月に当たり各地で梅雨入りする季節です。そこで旧暦の水無月は現在の七月で酷暑の季節ですから水無月というのも納得できます。

他にも田に並々と水を張る季節という意味で水張り月というのが水月となり、ミナヅキと発音されて水無月という字を当てたという説があり、これもうなづけます。旧暦と新暦の季節のずれがありますので、現実には大雨が降ることの多い現代の六月は水無月より水月(ミズヅキ→ミナヅキ)説の方がぴったりするようにも思えます。

太陽が黄道上の最北点、北回帰線の真上を通過する夏至(6月21日)は、昼の時間が最も長くなる真夏の到来です。夏は黄金色に熟した麦の収穫期で、冷たいビール(麦酒)が定番です。秋は米の収穫期で、日本酒(米酒)は冬の熱燗が定番ということで、ビールは体を冷やす夏のお酒といえます。日本では宴会の始まりにビールで乾杯というのが多いですが、宴の終わりに冷たいビールを飲むと、酔いが少し冷めてシャキッ!とするように思うのは私だけでしょうか…

十二支では午の月、易の八卦は離=火、五行も火の陽で燃え上がる炎を示し、午(馬)は華やかに堂々と競い合う姿で、競馬界はダービーに燃え上がります。午に木は杵となり、草木の開花現象を表し、杵でつく祝い餅は一家のお祝い事である「内祝い」の象徴です。 十二支の北の極=子と南の極=午を結ぶ線を子午線といい、時刻は午が昼の12時で、午の前を「午前」、午の後を「午後」といい、夜中の0時に始まり0時に終わる一日の時間の中心です。

地球の南北を結び中央を通過する子午線に、一日の中心の時を示す午の刻。 午の中央・中心ということを人生に例えると、天に輝く太陽が頭上に降り注ぐ、華やかな成功と満たされた生活に到達した状況です。易経の「火天大有(101111)」は同じような状況を説く卦ですが、満つれば欠けるのが道理であり、日はやがて沈むことを知って慢心を戒めることも説いています。

とはいえ、六月は夏の陽の光を浴びて、まずは願いの成就に向かって元気に活動できると午月らしくてよいですね。