D2 この世にただ一つの自分という花(命)ー1

啓山・易学が干支数により導いた人の個性は、無数に近い驚くほどの数になります。

干支暦を正確に表すと、年の干支数は干支が60あることから60年周期であることは当然です。

月の干支数は毎年12か月の刻みがありますが、啓山干支暦は5つの数字に集約しています。5つの数字が12回巡ると60年周期になり、年月が同じ干支数が並ぶのは年の干支数と同じ60年周期となります。そこに日の干支数が加わると何年周期になるのか…

驚くことに、年・月・日の干支数が全く同じ並びになるためには、〔1980年〕という膨大な年月になることが分かりました。コンピューターで計算すればあっという間に導けるとは思いますが、悲しいかなアナログ人間であるために、4千年分という膨大な干支数暦をつくり、その事実を発見したのです。日の干支数には何かあるな…という気づきはありましたが、これほどの長い年月を要することに気付いた時は本当に驚きました。

やはり人は特別のその人にしかない天性をもって生まれていると確信した時です。

花に例えれば、毎年春に咲く花がありますが、それをサクラとします。

桜の花は毎年同じように見えますが、4月のある日に開花した桜の花は同じ生年月日の桜です。毎年少しずつ違う桜の花が咲いています。そして、60年の年月が経ち、咲き方も咲く時期もとてもよく似た状況が訪れます。でもその一つ一つの桜の花は60年前と同じものは一つもありません。そして1980年という長い年月を経たある日、1980年前の同じ日と全く同じ遺伝子を持った桜の花が生まれます。同じ日に開花した他のソウルメイトと共に…

但し同じ根の桜の木が2000年近く生き延びた時の話ですが…1980年ぶりに全く同じ花の個性が再現されます。でもその瞬間から異なる環境の中で花の人生を全うします。花に言葉があれば、私は皆と違う私の人生がありましたといって散っていったかもしれません。

私たちの生年月日も同じです。同年・同月・同日に生まれない限り、同じ干支数の並びはないのです。また同じ日に生まれたところで、その瞬間から環境が刻一刻異なります。同じ人生と寿命であるとは考えられません。啓山・易学では、このような年月日の干支に着目し、たった一つの人の命数としています。

年の天命は60年で一巡する人生の大きな指針です。月の人命は12ヵ月で変化する外観であり外から見える姿です。それでも5年周期で一巡して60年目に年干支と並びます。日の干支数も60日で巡りますが、年・月の干支数と同じ数の並びは1980年周期となる驚きの事実で、日の干支数に表れる地命がたった一つの自分を示すものとわかります。

どんなお祝いより、自分の命が生まれた誕生日のお祝いは大事にして頂きたいと思います。誰もいなくても自分だけでも乾杯しましょう。生まれた意味を振り返る大切な記念日ですから…

A5 東洋と西洋の違いについて

古代人が手を広げてパー、結んでグーとして陽と陰を示し、更に片手は五、両手で十と数えたという説は、五進法の始まりともいわれます。東洋ではなぜか奇数を好んで一単位を五とすることが多いですね。食器は五客、座布団も五枚一組で数の単位も5・10・15…、西洋の食器は六個で一組、1ダースは12です。東洋は一人で行動するのを美徳とする傾向があり、家族は両親と子で一単位、川の字の雑魚寝も普通感覚です。西洋は夫婦と子供は別室が当たり前で、ペア・夫婦で一単位という意識があり、文化の違いをあげればきりがなくあります。

易では奇数は陽、偶数は陰を表しますが、東洋の文明は割り切れない「+1」、神秘などを受け入れて奇数文明の様相があります。西洋は2で割り切れる偶数文明で、目に見えない神秘さえ科学的に探究して、量子力学などがいち早く発展しました。

しかし陽は陰を内有し、陰は陽を内有しています。文化と人の内面は反対であるともいえ、陽の東洋人は陰的な情緒や心の動きを重視し、半面科学的で論理的な西洋文明に憧れます。陰の西洋人は陽的に理屈を追及し、逆に情緒的な東洋文明に憧れるという複雑な現象に表れます。言語などの表現法を見ると、西洋は表音文字の一音ではよくわからないアルファベットを生み、東洋は一音に意味のある表意文字の漢字を生み出しました。ちなみに日本人は折衷文化を好むのか、表音のカナ文字を生み、漢字にも訓読みを生み、独特の言語文化を作り出しました。余談ですが西洋人にも東洋人にも日本語が難しいといわれるのも納得します。

陽の心は陰を表現し、曖昧を寛容に受け入れ、陰の心は陽を表現し、曖昧を許さず結果求めと逆に働き、表面とは異なる内面を表現して文化が創られているように思えます。

易で説く東洋は2+1=3の奇数文明、西洋は2が4となる偶数文明ですが、共通するのは2から発展することです。2は陰陽(両義)を表し、その元を易は〔太極1(0~∞)〕といいます。元が太極〔1〕ということは、理論的には〔1〕=2=3=4…といえ、地球を東西に二分した東洋と西洋は根元・親(太極)を同じにするものです。ややこしい話はさておき、〔太極=地球〕、〔太極=人間〕という見方をすれば、なるほど「世界は一つ」、「人類みな兄弟」になりますね~…

易は結局中庸にいきつく道で、感情や利権を争い、一時対立に勝ったところでまた繰り返すだけで、虚しいものと教えられます。

 

 

 

D1 実践易学 みのもんたさんの生年月日から

啓山・易学の実践法は、干支数の並びからみる資質や性質、一定の周期で巡る「天生・六曜星」のバイオリズムなどから現象を読み取ります。

今日は最近マスコミで話題となっている「みのもんた」さんと同じ生年月日に基づき、啓山・易学で鑑定してみます。生年月日などの情報は公開されているものです。

生年月日 1944年 8月 22日 天生・六曜星
干支数 21  9 55 水星(1)陽
干支 甲申(きのえさる)

壬申(みずのえさる)

(つちのえ)(うま)

明るく社交的。好奇心旺盛で行動力あり。注目されて奮起。社会的評価を重視。
五行 相剋  相生  相生
消長卦 天地否 天地否 天風姤
卦象 111・000 111・000 111・110

 

〔天命〕年の干支 主に人生傾向に表れます。

 21/甲申/天地否111・000  

知恵も実行力もあるが、自己主張が強く身内に反感をもたれやすい。若い時は環境に恵まれず苦労する。初心の志を貫き着実に実績を積み重ねて中年期以降に栄える。集団のリーダーとなる素質があるが、味方と敵、内と外を区別して接し、評価が極端に別れやすい。外面を保つために功利的に動き、勢いで虚勢を張ると、苦境を招き信用を失う。七転び八起きの人生をプラスに変えて、筋道を守り持続することで発展する。

〔人命〕月の干支 他から見た人物像・主に対人関係に表れる。

 9/壬申/天地否111・000 

器用で多彩、ユーモアセンスもあり、親分肌で面倒見も良い。半面虚勢を張り威嚇的な態度を取りやすい。本音と建て前を使い分ける世渡り上手。信頼関係を持続して、苦労の経験をプラスに生かすと中年期以降に実力が認められる。

〔地命〕日の干支 本質の性質資質・心の動き・主に私生活や身近の人に影響する。

 55/戊午/天風姤111・110

明朗で快活、人望もあり、プラス思考で達成意欲が高く、行動力もある。美意識があり、注目されると努力し益々奮起する。身内や部下に厳しいが自分に甘い傾向がある。弱点は好調時の慢心や自分本位、家族身内との意思の疎通に難があり、子供の問題で苦労しやすい。謙虚に土台を堅持することが課題。

〔水星(1)の2013年11月9日の周期について〕

みのさんの場合はご子息の不祥事で苦労され、謝罪会見が行われ一段落かと思えましたが、9日ラジオ放送で、故島倉千代子さんの葬儀を復帰の舞台と表現して、批判を浴びたことをTVで見ました。水星(1)の2013年11月9日とは…

2013年は、消長卦では乾為天111111という「陽」ばかりの時。一見よさそうですが、繁栄の極みで防衛心が希薄になり、勢いのまま動くとトラブルや健康問題を生じやすい危険があり、心身の養生が必要な周期です。逆に11月は坤為地000000、陰ばかりで発展の気運が全くありません。目立たず、じっと隠忍自重することで無難に過ごせます。9日は雷天大壮001111という伸び伸びと意欲旺盛な周期ですが、半面子供のように後先考えず、軽率な動きをして紆余曲折しやすいという弱点を秘めています。(年月日の消長卦は六曜星により異なります。)

〔2014年に向けて〕

これ以降、年末から来春にかけて、トラブルを生じた水星(1)には厳しい試練の月日ですが、2014年は本来なら大願成就が望める周期です。初心に返り真摯に困難を乗り越えて、新たな内面の改革を課して臨まれることで、良い年とされますよう願います。

*ご自分の干支数など知りたい方は、HPお問い合わせフォームをご利用ください。

B9 八卦の誕生ー2

八卦の誕生には諸説があります。易の始祖と言われる「伏犠」が、黄河に表れた竜馬の背中のつむじ状の文様を発見し、写し取って八卦を創り表したとされ、これは天の絵図「河図(かと)」として伝えられます。さらに今から4千年余り前のころ、「夏」という中国最古の王朝がありました。初代の禹王は治水の優れた技術者でもあり、前王の舜より禅譲されて夏王朝を創始したと伝えられます。禹王は徳も篤く、前述の伏犠の八卦を政務に生かし、伝説では洪水を修めた洛水から現れた神亀の背にあった九つの文様を発見し、それは後世に地の絵図「洛書(らくしょ)」として伝わり、「河図」と共に『書経(中国の五経の最も重要な経典)』の元になったといわれます。

河図に十干を配し、洛書に十二支を拾い、5を中心に配置した1から9の数はたすと15となるという、いわゆる魔方陣です。今に伝わる九星術もこれをもとに編み出されたものです。真実はわかりませんが、B8で記したように、古代人が長い年月をかけて天地の変化を実感し創り上げたものという説もあり、シュメールのような高度な文明からもたらされたという推論も捨てられません。いずれにしても、この河図・洛書は干支や易の元となるものとして伝説となっています。

易は代々の帝王の学でもあり、竜馬や神亀などの神秘性をもたせることに意味があるのかもしれません。実際に数千年前の発見である河図・洛書が世に出たのは、それから三千年余り後の南宋の時代です。朱子学を起こした偉大な学者である朱熹(1130~1200)の、弟子の祭元定(1135~1198)が、山深くに住む道士から、その祖先が焚書を逃れて守り通したという河図・洛書を含む九枚の絵図を入手したという伝説があり、それをもとに、朱熹は『周易本義』を著したといいます。現代に伝わる朱子学(儒学)や周易はこの朱熹等により確立されたものです。遡れば紀元前の二千年間に、伏犠や周の文王や周公旦、孔子等の手により、「易経」が創り上げられたというのも不確実なのですが、現実に数千年を経た現代に伝えられていることは事実なのです。

B8 八卦の誕生ー1

言葉も不完全な古代のこと、人々は太陽に照らされる時と、日が沈み闇に包まれる時の繰り返しの中で、「明と暗」を実感し、「昼と夜」を感じ取りました。また、手の届かないはるか彼方に広がる「天(空)」にきらめく月や星々を仰ぎみ、周囲や足元には様々な樹木や草木が生え、そこに人や動物たちが生きている「大地」を実感していました。

天の太陽が地に及ぼす光と闇の明暗の世界、天と地、光と闇、明と暗という対照的な二つの絶対的なものは、やがて「陽と陰」という概念を生み出しました。
天地・明暗は陽と陰の概念となり、陽と陰に始まる天地が男女のように交わって大自然を創造するのであり、天地の働きは絶対的なものであると信じられました。では天と地はかくも離れているのにどうして結びつくのか…と考えたところ、天から雨が降り注いで大地を潤おし、雪が降ると大地は深い眠りにつき、地響きとともに大地が隆起して山となり、山ができれば自ずと沢が生まれ、沢には心地よい風が吹きわたります。ある時には雷鳴が轟き、山は火を噴き、恐ろしい風雨に川が溢れて水浸しにもなります。あふれ出た火の川もやがて鎮まり、積もった灰は固まり土となっていきます。全ての現象は天の恵み、天の怒り、天の慈しみとなって地に及び、滅びと誕生を司り、草木が芽生え、動物たちが生まれ育まれる天地の力なのだと実感します。
このような全ての天地の働きを八つの要素に凝縮して八卦が生まれました。
陽と陰に始まる天・地、水・火・雷・沢・風・山の八つの要素を八卦といいます。
さらに天(陽・父)と地(陰・母)に人(陰陽・子)が生まれる「天・人・地」の現象を三つの記号(爻)で表します。啓山式に陽を1、陰を0で表すと下記のように表せます。
天111 沢011 火101 雷001 風110 水010 山100 地000
これは神話のような八卦の誕生説ですが、古代人の素朴で純粋な英知を感じ取れます。数としての論理的な易の成立過程からみても、八卦は間違いなく天地・大自然の働きを凝縮するものです。